逢瀬を重ね、君を愛す
今日は、やけに月が大きく見える。
見過ごしに月を見上げると、一際輝く月が姫の顔を照らす。
寝る前に、危険だからと渋る女房に頼んで月を見れるように御簾にしてもらった。
すこしでも月をみて気分が晴れるように。
浮かび上がった姫の表情は青白い月に似合うような落ち着いた、でもどこか悲しい面影が潜んでいる。
ふう。と小さく息が漏れる。そのため息から、彼女の憂鬱さがしのばれる。
原因は昼間の行動だった。
結婚して以降全く姿を見せてくれない帝にどうしても会いたくて、女房の目を盗んで着物を借り、部屋を抜け出して逢いに行ったのだ。
そこで聞いてしまった、帝の・・・想い人。
「・・・想いを寄せる方がいらっしゃったのね」
そのことを思い出すと、気分も沈んでいく。
自分は小さなころから帝の妻になるのだと育てられてきた。
どんな厳しい稽古も、修行も。すべては帝と、期待を寄せる両親のために。
最早習慣になるほどがんばってきた。
ずっと会える日を楽しみにしていた彼に、結婚当日初めて顔を合わせたときは、それだけでもう、恋に落ちた。この人が運命の人だと。
でも、相手は帝なのだ。他にたくさんの妻がいる。それでもいい。それでもいいから、彼のそばに居たいと思った。
「わかっていたことなのに・・・」
少し痛む頭を押さえながら用意してもらった布団に横たわる。
自分だけを見てもらえないということは、ずっと理解してきたつもりだった。
それでも現実でそれを突きつけられると、どうもすんなりいかない。
それに、帝が想いを寄せているにも関わらず今の帝の妻は自分一人だ。
「なぜ、召上げないのかしら」
それは、話を聞いてからずっと疑問に思っていたことだった。
この時代の支配者は間違いなく帝だ。
その権力者の言葉なら、誰も逆らえないのに。
「不思議な人・・・」
胸の痛みをごまかすように、掛物を上まで引っ張り上げるとすべてを押しつぶすように目を閉じた。
瞼越しに月の光が差し込む。
さあっと風が御簾を揺らす音を聞きながら、夢の世界へと旅立とうと、うとうと意識が揺れ始めたころ、どこからか遠慮気味な足音が聞こえた。
聞こえた足音は女房のものではない。だが、こちらの方には女房と帝しか立ち入りを許されていない。
そして、帝は結婚以来通ってこないし、昼間の姫あるまじき行動があるのでどうしても帝の可能性はない。
ならば、残るは賊かもしれないと、もやのかかる頭で判断した瞬間、体が恐怖に震える。
音を出さないようにそっと息をひそめ、手元にある着物をギュッと掴む。それだけで安心できるわけではないが、何もしないよりはましだ。
本当なら大きな声をだせばいいのだろうが、震えて大きな声が出せないし、そんな余裕もない。
徐々に近づいてくる足音に、姫の目じりに涙が溜まっていく。
―――――く・・・来る・・・
固定されたように、視線が御簾へと縫い留められたように動かない。
月だけが映しだされていた御簾にそっと一つの影が浮かぶ。
予想通り影は女房の姿ではなく、男の影だった。
「ひっ・・・」
小さく悲鳴が漏れる。
その声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
その影は部屋の前で立ち止まると、何も言わずに御簾の下に手を差し込む。