逢瀬を重ね、君を愛す
「名前。」
「へ?」
名前?と反復すると、彼はそれくらい言えるだろうと返してきた。
それくらいなら、と彩音はおずおず口を開く。
「……本式彩音。」
「本式…」
聞いた事ない姓だな。と呟く。
「それより、あなたも名乗りなさいよ!!」
指を指して言えば、俺?みたいな顔をする。
――あんた以外に誰が居る。
「俺は安部清雅。」
「安部…清雅?」
うん。
全く聞いたことのない名前だ。
ただ安部の姓が引っ掛かる。
「…で?その安部君が何か用ですか?」
「……お前、扉開けてやったのに、その態度かよ。」
目を半目にして見てくる清雅に彩音はうっ、と詰まる。
「別にいいけど。」
と 言いながら清雅はしゃがむと、床に散らばった書物を拾う。
「あ…あれ?!……ごめん!!」
思わず空の両手を見てしまう。
慌てて落とした事を思い出した彩音は清雅に続いて書物を拾いだす。
「…ほらよ」
「あ、ありがとう!!」
ポンと立ち上がりざまに頭に置かれた書物を受けとる。
「どういたしまして。」
そう言って笑った清雅は誰もいない執務室を見る。
「なぁ、帝…今居ないのか?」
「あ、うん。まだここには帰って来ないと思う。」
清雅の問いに、さっき書物室ではしゃいでいた薫の姿を思い出す。
「そっか、……ならこれ。渡しといて?」
「巻物?」
差し出された巻物を受けとる。
「じゃ、頼んだ。またな、彩音。」
「あ、うん。またね!!」
両手が塞がっているので、去っていく清雅の背中に向かって叫ぶと、右手を上げた。
最後まで見送ると、彩音は一度持っている書物を持ち直すと、執務室へ入った。