王国ファンタジア【氷炎の民】
 レジィを乗せても雪狼の動きは鈍らない。
 山道を軽々と先を進んでいく。
 この分なら日が暮れる前に山のふもとにある狩り小屋にたどり着けるだろう。

 ふと陽が陰った。
 どこからか生臭いにおいが漂う。
 セツキが身を低くして、空に向かって牙をむき低く唸った。
 巨大な黒い影が頭上を通り過ぎて行く。
 強風が吹きすさぶ。
 サレンスの長い黒髪が宙になびいた。
 あっと言う間の出来事だった。

「今のっ!」

 レジィの短い叫びに、サレンスが影が過ぎ去った方を見やる。

「村の方に行ったな」

 一瞬、躊躇したが言う。

「戻るぞ!」
「えっ? サレンス様!」
「急げ」

 飛ぶように駆け出したサレンスの後を追って、レジィを背中に乗せたまま雪狼も走り出す。

「もしかして、あれ」
「しゃべるな、舌をかむぞ」

 サレンスの忠告に従ってレジィは口をつぐむ。
 頭上を通り過ぎたのは、巨大な翼ある生き物。

(ひょっとして、あれがドラゴン?)

 不吉な予感がした。


「遅かったか」

 目前に見えた光景にサレンスが低く呟いた。
 村が燃えていた。
 炎が、暮れ始めた紫の空を紅く染める。
 そこかしこから黒い煙が空に立ち昇っていた。

「サレンス様、村の人たちは?」

 わからない、とでも言いたげにサレンスが短く首をふる。
 駆け通しでここまで戻り、さすがの彼にも疲れの色が見える。
 息を切らしながらも言う。

「行くぞ、ここからでは遠すぎる」
「はい」

 炎を自在に操る<氷炎の民>であれば、火事を収めることも可能だ。しかし、如何せん距離がありすぎる。いかな彼の力と言えども限りはある。
< 22 / 44 >

この作品をシェア

pagetop