クロスロード
あまいよる
物音一つしない長い廊下を歩き、ようやくたどり着いた隣の部屋。
ドアの前で止まった時、なぜだか唇が震えてしまった。
ぎゅっと鞄を持っている方の腕を握れば、こっちも微かに震えている。
……大丈夫だよ。荷物を届けに来ただけ。
喧嘩とかしてるわけじゃないし、緊張する要素なんてどこにもない。
「……大丈夫、大丈夫……」
小さく復唱しながらインターホンをゆっくり押す。
ピンポーン、と機械音がドアの向こうに響いたのが聞こえる。
直後、足音が聞こえたと思えば、ガチャリとドアが開かれた。
「――、何?」
来客が私だとは思わなかったのか、翠君の表情が少しだけ崩れた。
「あ、その……っ」
言葉を探しながら目の前にいる彼を見ると、
いつの日か翠君の部屋で見た姿と同じ。
既にブレザーを脱いだのか着ていなく、第二ボタンまで開けられたシャツに緩めたネクタイ。
普段、翠君は学校でネクタイを緩めたりしないから、この姿を見れる人は限られている。
そんな些細なことも嬉しく見とれていると、「聞いてる?」と催促の声。
「ご、ごめんっ、あの、……」
ここで鞄を渡したら、部屋に戻らなければいけない。
そんなの嫌だよ。
せっかく二人でいるのに、二人きりなのに。
部屋は別々。手を繋ぐは愚か、ろくに会話もできていないなんて。