アリスとウサギ
「あたしだって、宇佐木なんて名前、忘れられなかったけど」
話を合わせるようにそう言うと、彼はグラスの氷を転がしながら笑った。
そしてアリスに強い眼差しを送り、スッと手を伸ばす。
目力が強く、アリスは避けるように目を伏せる。
伸びてきたしなやかな手は、逃がさないとでも言わんばかりに、緩く巻かれた長い髪に触れた。
「アリスとウサギだって。なんか運命感じない?」
その顔で、その目で、その口で。
かつて恋したその声で。
周りの誰にも聞こえないくらいの小さな声だった。
運命だなんて囁かれるとドキッとせずにはいられない。
「不思議の国のアリス?」
「そう。アリスがウサギを追いかけて冒険するやつ」
彼は髪をクルッと指に巻きつけ、感触を楽しんでいる。
ウサギが摘んでいる部分――首の裏辺りが少しだけ引っ張られ、根元部分からゾワゾワと全身に何かが巡った。
アリスはその感覚に身を捩りそうになるのを、耐えることにした。