アリスとウサギ

 そう言われてしまうと、どんなタイミングで笑ったらいいかわからなくなってしまった。

「でもな、あの夜ベッドで……奈々子って呼んでみたわけ。もちろん起こすつもりで。そしたらお前、眠りながら幸せそうに笑ったんだよ」

 もちろんアリスには覚えなどないし、本当かどうかもわからない。

「そんな間抜けで無邪気な顔を見たら……」

「間抜けは余計よ」

「……なーんか、突っ込む気も無くなっちゃってさ」

 ため息混じりに告げたウサギは、アリスの顔を恨めしそうに見つめた。

 間抜けな顔であってもそれで貞操を守れたらしい。

「あんた、意外にヘタレなのね」

「はぁ? お前、退院したら覚えとけよ」

 ウサギは得意のにやけ顔でアリスに迫る。

 口の右端を上げた、自信に満ち溢れたあの顔で。

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