アリスとウサギ
またからかわれると思ったアリスは、すぐに彼から目を逸らした。
しかしウサギはアリスに歩み寄る。
そして、
「奈々子」
ハスキーで、落ち着きのある声。
アリスではなく奈々子と呼ばれたことに驚き、アリスは思わず目を向けた。
目を細め、少し右寄りに口角を上げているウサギの整った顔が飛び込む。
「……とか呼んでみたりして」
ニカッと白い歯を見せた彼に、射抜かれた。
下の名前で呼ばれただけなのに、それだけで最低な男も最高レベルに躍進する。
実に、不思議。
「何よ、……ウサギ」
照れてしまったアリスは彼を啓介とは呼べなかった。
じゃあね、くらいの別れの挨拶でさえ、胸が熱くて苦しくなってしまったから。