アリスとウサギ
「いいよな、有栖川って。カッコイイ苗字じゃん」
「どこがよ。変に注目されちゃう」
「俺なんて宇佐木だぞ? ウサギっていうガラかっつーんだよ」
当時の気持ちがみるみる蘇る。
もっと髪がモサモサしていて、無精髭を生やしていたっけ。
でも英語を流暢に話すその声に、淡く恋心を抱いた。
「確かに。最初にあんた見たとき、ガッカリしたもん」
「ガッカリって……」
「でも、いいじゃん。宇佐木って。あたしは好きだけど」
フォローのつもりで言った言葉に、嘘はない。
「本当だろうな?」
ウサギは右の口角を上げてにやりと笑った。
繋いだ左手にもキュッと力が篭る。
アリスはその感覚に微かな違和感を感じた。
「なあ、アリス」
「なんかその呼び方久々だね」
「いや、有栖川……さん?」
「何よ。さん付けなんて気持ち悪い」
「じゃあ、奈々子」
寝起きで拍車のかかったハスキーボイス。
今では呼ばれなれた名前が、甘く響く。