恋せよ乙女

「別にいいだろ、そんなこと。」

「えー。」

「“えー。”じゃなくて。」


素っ気ない答えに、つまらなそうに口を尖らせ、氷室さんの横で彼と同じように壁に寄り掛かる。

正面にある窓ガラスからはオレンジ色の光りが差し込み、次第に廊下を染め上げていた。


「……ねえ、紫音。」


刹那、つぶやくように呼ばれた名前。
あまりにも突然に、しかも消え入りそうなほど小さな声に、あたしは妙に驚いて視線を左隣りの氷室さんに向けた。


「……何、その反応。」

「あ、いや、ちょっとぼーっとしてた分、驚いちゃって。」


すでに、あたしに向けられていた氷室さんの視線。今のあたしの反応に呆気に取られたような表情をしていた彼は、あたしの苦笑を見て小さく笑みを零した。
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