恋せよ乙女

「…お前、覚えてねぇの?」

「え?…あぁ、うん。」


まるで、あたしの顔を窺うように問い掛けてきた隼人に、しどろもどろになりかけながらそう答える。

あたしのその答えを聞くや否や、今まであたしの手を握っていた世奈が、手を離して勢い良く立ち上がった。


「本当に…っ、本当に覚えてないの?あんた、会長に助けられたんだよ?」

「会長……?」


訝しげに問い掛けるあたしに頷き、世奈は後ろの方に振り返る。そこであたしはようやく、この部屋にいたもう一人の人物の存在に気がついた。


「ほら、会長もこっちに来なよ。まだ仲直りしてないみたいだし、気まずいのはわかるけどさ。」


世奈に腕を引かれ、半強制的にベッド横に立たされたその人物。世奈に“会長”と呼ばれたその人は、あたしと目が合うと、何故かつらそうに表情を歪めた。
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