恋せよ乙女
でも、それにしても。
どうして世奈も隼人も、失くした記憶について、何一つ教えてくれないんだろう。
“もし仮に、本当に忘れてしまいたくてその記憶を失くしたのなら、無理矢理思い出させるより、自然に、徐々に思い出していった方がいいでしょう。”
そう医者が言うことも、わからなくはないけれど。気になれば気になるほどに、もやもや感が胸を満たしていく。
「…何つー顔してんの、お前。」
そんな煮え切らない思いを抱えたまま、ぼけっとしながら玄関掃除をしていたあたしは、頭上から聞こえた声に現実へ引き戻された。
ふと視線を上げると、そこにはスポーツバッグを肩にかけたまま、白い目であたしを見下ろす隼人がいて。
その目は何。と、持っていた箒で軽く隼人の足を叩けば、隼人は「いっ…!」と小さく声を漏らした。