恋せよ乙女

「紫音……?」


どうしてだろう、何でだろう。
そんなのはわかってる。会長の真剣な瞳の意味も、あたしが言葉を紡げない理由も。それらが全部、あたしが忘れてしまったモノの大きさを表していることだって。

不意にどうしようもない程の罪悪感に襲われ、強く唇を噛み締めた。渦巻きだした不安に、会長の顔から目を伏せる。


「……よし、わかった。じゃあ、僕の話から先にしようかな。それでもいいかい?」


一向に口を開かないあたしに、会長は小さく息を吐いた。そしてそんなあたしをフォローするかの如く紡がれた問いに、あたしはただこくんと頷く。


「うん。……じゃあまず、ある女の子の話をするよ。長くなるかもしれないけど、ちょっと聞いてて。」


そう紡がれた刹那、伏せた瞳の先に映った優しい微笑み。あたしを安心させるようなその笑みに、確かに気持ちは軽くなったけれど。

まるであたしの心の内など、わかっているかのように。渦巻く不安を、理解しているかのように。その心遣いが、ぐさりと胸に突き刺さった。
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