恋せよ乙女

刹那、重力に抗うことなく涙が頬を伝う。


「いや、別に覚えてた訳でもないけど……って、何。何で泣いてるの。そんなに、気に入らなかった?」


反らされていた視線が再びあたしを捉えるや否や、途端に氷室さんの表情に焦りが浮かんだ。不安そうに尋ねられた問いに、あたしは大きく首を横に振る。


「そんな訳無いじゃないですかー。あまりにも予想外だったので、ただ嬉しくて。」


流れた涙を手の甲で拭い、そう言って笑って見せれば、氷室さんは安心したかのように…否、呆れたように小さく息を吐いた。


「…――氷室さん、本当にありがとうございます。」


そんな彼に向け、伝えた“ありがとう”。
あまりにも唐突なあたしの言葉に、氷室さんは一瞬面食らったような表情を浮かべたけれど。小さく笑って、照れたのを隠すようにアイスコーヒーへと手を伸ばす。
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