海が泣く夜
 そんな体でも、彼は生きることを諦めなかった。

『まだ生きたいんだ』

そう言って堅く拳を握り、流した涙を私は知っている。


 嘔吐物を拭いたタオルを持ち、立ち上がる。

少し落ち着いたのか、彼は安堵の表情で微笑んだ。

「ありがとう」

 耳にタコができるほど聞いた言葉。

 そのありがとうが『好き』だったら、私の想いはどんなに救われるだろう。

 痛みを伴い育つ気持ちは、私に限界を教えない。

目頭がじんわりと熱くなっていく……。


「大丈夫。気にしないで」

 微笑みかけて、急いで病室を出る。

私はいつも、病室を出てから静かに泣いていた。

声を出さずに泣くことなんて容易い。

グッと口を抑えて息を止めるように、涙だけ流す。

こんなことを幾度となく、繰り返してきた。
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