ポケットの恋
遠目に見ただけでも、古谷が明らかに苛立っているのがよくわかった。
あんな風に話したりするんだ。
誰にたいしてもおちゃらけていると思っていたのに。
呆然とドアの前に立ち尽くしていると、古谷がドアに向かってくるのが見えた。
必要もないのに、慌てて物影に隠れてしまった。
しばらくして、ドアが開いた気配がする。
声をかけなくちゃ。話さなくてはいけないことが沢山ある。
そう思いながらも、声はなかなか出てこなかった。
正直、怖い。
もしあの女の子達と同じように対応されたら。
今日は出直そうかな…。
とりあえず古谷をやり過ごそうとして、俯いた時、急に下から覗き込まれた。
「秋田?!」
その声にビクッと体が震える。
「どうしたのよー!」
古谷の声は、いつも通りだ。
憎たらしい笑顔も、いつもと同じ。
「まっさか真実ちゃん俺が恋しくて来ちゃったー?」
思わず息が漏れた。
安心したと同時に怒りが込み上げて来る。
「うっさいばか!」
幸日といる時と同じ勢いで、つい手が出て古谷の鼻を摘んだ。
「な゛…な゛に゛あぎだ…」
鼻声になった古谷が目をしばたかせる。
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