ポケットの恋
「何よそれ」
ようやくぶすっとした声を捻り出すと、「いやあ、人酔いとかね?」と首を傾げた。
「…ないけど…」
ぶすっとしたまま答える。
「そっか!ならよかった!」
「なんでそんなにテンション高いのよ…」
古谷のテンションに、口調はいつも通りに戻った。
「だって久しぶりじゃん」
けろっとした顔の古谷に、真実はため息をつく。本当に拍子抜けだ。
「で?コーヒーのおかわりはいかがですか」
真実が威圧感をこめた口調で聞くと、古谷はにっこり笑いながら、お願い、とカップを差し出した。古谷とあまり接触したくないのでゆっくりと、可能な限りゆっくりと、カウンターの中 へ戻る。
厨房に入った途端、明日美が話し掛けて来た。
「古谷君なんか言ってた?」
「…なんかってなんですか」
「次のデートいつにするとか」
「言ってません!そういう関係じゃないですから!」
「そうなの?」
後に続いた、素直じゃないんだからという言葉はコーヒーミルの音で相殺した。
明日美は気の利く女性だ。
真実がもくもくと仕事をしていると、もう古谷のことにふれてはこなかった。
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