ポケットの恋

もぞもぞと体を起こして時計を覗く。
もう帰ってから30分近く経っている。
どうやらうつらうつらしていたらしかった。
頭がやたらとぼんやりしている。膝を抱え込み、体育座りになるとその膝に頬を載せた。
あれから一度も泣いていない。
あの一件から少しの間、古谷のことは無視していた。
どうして嫌いな筈の自分に、古谷が何度も謝ってきたのかは、今でもわからない。
それでもその古谷に負けて、小4位からは今のような付き合い方になった。
古谷が何か言う度に、訳も無く噛み付いて。
そうしてよくわからない関係を保ったまま、古谷は中学生になると同時に引っ越して行ってしまった。
意図的に変えた呼び名をあの男はなんとも思っていないだろう。
多分、真実から秋田に呼び名を変えられて傷ついたのは、間抜けにも自分の方だ。
溜め息が小さくこぼれる。
こんな時にすら、今更泣けないのだと他人事のように思った。
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