ポケットの恋
「真実ちゃん、お母さんは?今どう?」
「…手術中」
不機嫌なまま真実は答える。
「大丈夫なの?」
「うるさいな!そんなのわかるわけないでしょ!」
再び声を荒げた真実に、遠慮がちに看護師が声をかけた。
「秋田さん」
「なんですか?」
「お父さん呼んだかしら」
「父ですか?まだですけど…遠くにいるので」
「悪いけど、すぐ呼んでください」
真実がなにかいう前に、看護師は居心地が悪そうに戻って行った。
手術中に、家族を呼んでくれといわれたら、嫌でも思考は悪い方にしかいかない。
「真実ちゃん…?」
「…帰って。もうほんとに帰って!!」
真実が悲痛な表情で怒鳴るのと、古谷が真実を抱き寄せたのは同時だった。
真実の体が反射で固くなる。
状況が飲み込めないようで、真実はしばらくの間、その姿勢で固まった。
不思議な沈黙がその場に流れる。静寂は、真実が古谷の肩を叩き出して途切れた。
「…っ何すんのよ!離して!」
がむしゃらに抵抗する真実を、古谷は頑として離そうとはしない。むしろよりきつく抱きしめて、真実に言い聞かせるように言葉を吐いた。
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