ポケットの恋
「ちょっと待って」
幸日が出口へ足を向けると、古谷が慌てたように声を張った。
「危ないから南部呼ぶ」
どきりと心臓がはねた。
メールがまた増えて来たことがばれたのかと思う半面、古谷がそう言ってくれたことに安心した。
まだ、一人でであるくのは怖い。
ただでさえ、病院は家からかなり離れている。
真実に椅子へ腰掛けるように促して、古谷は電話をかけるために外へ出た。
幸日と二人きりになっても、真実は一言もしゃべらない。
その沈黙が苦しくなって、幸日が外へ出ようとしたのと、古谷が焦ったように飛び込んできたのはほとんど一緒だった。
「南部出ねぇ」
「え…」
俯いていた真実が、反射的に顔を上げる。
「別に大丈夫だよ」
幸日は、鞄の紐を強く縛って笑った。
「最近は、メール減ったって言ったでしょ?だからだーいじょーぶ」
迷惑掛けたく無いし、一人で平気。
その言葉は、真っ先に反発されそうで飲み込んだ。
自分でもよくわからないけれど何かが怖くて、わざとふざけたふりをした。
腰に手をあてて胸を張る。
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