ポケットの恋
涙が落ち着いてから、やっと幸日は顔を上げた。
ごめんなさい、と頭を下げると、南部は笑って首を振った。
「南部さんに助けてもらうの、二回目ですね。カラオケの時と今日」
「あぁ…でも、どっちもちょっと遅かった」
「全然。どっちも、南部さんが来てくれてよかったです。それから、」
秋仁に抱きしめてもらったりした方が安心するでしょ?
そんな古谷の軽口を思い出す。
その通りだ。
一番最初に出会った時も、気付いたらこんな風に抱きしめられていて、南部の体温になぜか落ち着いたのを覚えている。
エスカレートするストーカーに不安になるたび、彼がいたらと何度思っただろう。
「それから、どっちも助けてもらった後、南部さん、抱きしめてくれた」
言うと、南部の顔がばっと赤くなった。
「ごめん、触りすぎ…」
「違うんです」
今度は自分から、南部の腕を掴んだ。
「嬉しかった、です。なんかホッとするんです。南部さんにそうしてもらうと」
小さな声は、ちゃんと聞こえていたらしい。
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