ポケットの恋
凛とした背中が角を曲がるのを確認して、携帯を取り出した。
リダイアルの先頭にある名前を呼び出す。
通話状態になると、相手が喋り出す前に声を出した。
「もしもし南部君?管巻いていい?」
「は?!」
「今からいくね。」
問答無用で通話を終える。
「…襲われても知るか」
小さく呟いた言葉は完全な負け惜しみだ。
「さーて秋仁を困らせにいこーうっと」
自分を奮い立たせる為に絞り出した呑気な声は夜の闇に飲み込まれていった。



「秋仁くぅーんその後どうぅ?」

電話での古谷の声は明らかにいつもと違っていた。
何か無理をしているような。
第一古谷がこういう風に飲みに誘う事は珍しい。
大概二人して次田に引きずられていくか、バイト帰りに流れでふらっと飲みにいくか。
だから心配して、大人しく自宅で待っていたのに。
30分程してその能天気な言葉と共に現れた古谷は、呆れる程いつも通りだった。
それでも始めの内は心配もしていた。明るさが逆に無理をしているようにも思えたからだ。
でも古谷は本当にただ酒を飲み、ただただ南部に絡んでいた。
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