ポケットの恋
そう言って古谷は南部を無理矢理立たせると、背中を押し始める。
「ちょ…おい!?」
「はいお財布」
いつの間にか南部の財布を探し当てていたらしい。
それを手渡し、古谷は南部を玄関に押し出した。
「缶じゃなくて瓶ね。四、五本買ってきて。じゃねー」
無情にも扉は閉められた。
ご丁寧にも鍵を掛ける音までする。
「…覚えてろよ」
こどものビール買ってきてやる。
些細な復讐を胸に誓い南部は近くのスーパーへ向かった。


「……幸せ者め」
古谷は髪を掻きむしるとそのまま玄関に座り込んだ。何も聞いて来ない所はやっぱり南部だ、と思う。
しばらく床を見つめ、やがて立ち上がる。
「うらやましいことですな!」
一際大きな声をあげると、古谷は南部の部屋から立ち去った。



律儀に瓶で4本買ってきた南部は、古谷のいない部屋を見て撃沈した。
あいつ、人に買い出し行かせて帰りやがった。
一人で4本どうしろと。
こどものビール混ぜて、明日古谷の部屋の前に置いてきてやる。
一人暮しの学生にはなかなか痛い出費も、相談料と考えることでなんとか怒りを鎮めた。
どっちにしろ、古谷が少しは良い気持ちで帰ったのなら、それでいいだろう。
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