サクラナ
 「それじゃ、逆にいやだと思うんじゃない?」

 「最後まで、聞いてよ。続きがあるのよ。
 
 私たち、その後、食事に行ったのよ。
 
 洒落たフランス料理店で
けっこう雰囲気も良かったの。

 でも、あなた、その店で私と話をしながら、
手とか足をぼりぼり掻いていたのよ。

 いやだったわ。
 
 そうでしょ。
 私、

 『この人風呂も入っていないのかな。汚いな。』

と思って、
 この時、

 もうあなたとこれ以上付き合うのやめようかなと思ったわ。

 でも、違ったのね。

 私、あの時、
ふとあなたが掻いていた右手の甲を見たの。

 そしたら、虫に刺されたように赤く腫れているの。

 左手の甲もそうなの。

 首筋をみたら同じように赤く腫れていたの。

 その時、
待ち合わせた場所がやぶ蚊の多い所だったのを思い出したのよ。

 それで、私、すべてわかったわ。

 あなたはあのとき、時間通りに、

 ううん、

 正確には約束の時間の10分前に来ていたのよ。

 あなたにしてみれば、当然のことだもの。

 今なら良くわかるわ。

 あなた時間は正確だし、
いつも待ち合わせの10分前には行くようにしているから。

 もちろん、その時は、そこまで、わからなかったわ。

 でも、あの時、

 『この人、もしかすると、いい人かも。
もう少し付き合ってみようかな。』

って思ったの。

 本当言って、
 私、最初に会ったとき、
あまりいい感じは持っていなかった。

 ルックスは今一歩だったし、
ぶっきらぼうで、冷たい感じだったから。

 でも、あなた、大学は一流だし、
仕事は安定してるし給料もまあまあで、

 第一、転勤のない職場だったから

もう一回ぐらい会ってみようかな。

そんなぐらいの気持ちだったの」

と由美は笑った。
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