シルバーブラッド 眠らぬ夜に
アパートの階段の照明に、小さな蛍光灯が一つ付いている。

周辺の明かりと言ったらそれだけだ。

浩之は鉄の階段を、軽やかに、音をほとんど立てないように走り降りた。

 最後の数段を飛び越して、アスファルトに着地する。そしてアパートの壁を何気なく見上げた。

階段の明かりが漏れて、かろうじて壁が浮かびあがっている。

 築二百年くらい経ってそうなボロさだ。

信じられないことに、コンクリートで覆われているので、百年もの歳月は経っていないらしい。

けれども、そのコンクリートにはくっきりとひびが走っている。

アパートに面した狭い道路に向き直って、浩之は歩き出した。

材料を買って料理するほどの気力はなかった。

外食にするか。

どうせ部屋にいたら、母上からのひつこい電話に悩まされるんだ。

少しでも長く外にいた方が賢明だ。


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