追憶 ―箱庭の境界―
あの日の少年は、
何も持ってはいなかった。
富も名誉も、
血筋も、力も、権力も。
其れが無い故に、
『自由』ではなかった。
シオンで其れを掴みかけた。
しかし手にして帰国するはずの其れを、青年は再び無くしてしまった。
桃色の花びらが、
あの日と何一つ変わらず、ひらひらと優しく青年に降る。
――キンコーン…
何処からともなく、
辺りを鐘の音が鳴り響く。
(…あぁ、この鐘は魔術学園の…。僕たちの始まりの合図…)
昔と変わらなかった。
其れほど大きな嫌な音でも無いのに、此の鐘の音は青年の暮らしていた離れた町外れにまでも鳴り響くのだ。
…ジャリ…
そう土を踏みしめる音がして、物思いにふける青年の代わりに、黒猫がいち早く其の人影に気付いた。
『……マルク…』
「……はい…?」
『――…マルク!』
「…何ですか、アン…?」
青年が黒猫を振り返ると、猫は何者かの影に入り、小さく固まっていた。
「――…!?」
青年は驚いて、影を追う様に黒猫から視界を上げる。
其処には、
1人の女性が立っていた。
「……リフィ…ル…様?」
面影が、残っていた。