追憶 ―箱庭の境界―
目の前で、
泥だらけの少女が言った。
「…鬼さん、何故泣くの…?」
『……泣ク…?』
我の口には鋭い牙。
其の牙に刺された赤い果実が、我の口元を濡らしていた。
滴り落ちる赤い果汁。
其の味は…、
懐かしい、
少し塩辛い、涙の味。
「…何故、泣いているの?」
赤い果汁に交ざる透明の液体は、我の目から止めどなく溢れ、風に吹かれる度に、冷やかに我の温度を奪う。
『…赤イ実ヲ食ベズ、楽園ニ居ル方ガ…幸セカモシレナイト、言ッタ……』
少女の言葉に対する答えに、なってはいなかった。
『……何故?』
「……え?」
『…赤イ実ヲ食ベズ、楽園ニ居ル方ガ幸セカモシレナイト、確カニ言ッタノニ…』
何故、我に赤い実を与えた?
赤い実は、
哀しみで満ちているのに。
「…心が在る事に、何故悲しむの?何故、泣くの?その実の中に、何が詰まっていたの?」
『………』
「答えたくないなら別にいいわ。今まで聞かれるままに答えていた鬼さんに、心が戻った証拠だもの。」
そう言って、
泥だらけの顔で少女は笑った。
我の悲しみも知らず、
満足そうに笑っていた。