追憶 ―箱庭の境界―
「あぁ…私、鬼さんと離れた間に『洗礼』を受けてきたの。だから、全部思い出したんだ…。」
――…洗礼。
其れは、
肉体から心を切り離し、
次の世界へ行く為の準備。
洗礼を受けた後、
前世への未練によって、先に進めなくなる者たちが居る。
迎えに、来る。
行き先をなくした者を。
生きる「力」の尽きる者を。
其の行く末が、我。
我ら、鬼。
切り離された「心」は、
風に揺れる、あの樹の赤い実。
切り離された「体」は、
この「箱庭」に囚われる。
其れが、世界の「定め」。
では、
「心」を取り戻した我は、
…何処へ、行く?
「鬼さん、境界が見えたよ!」
少女は我の手を強く握った。
広い河と、向こう岸の境。
見えない境界が、其処に在る。
我は、震えた。
薄汚い大きな体をよじった。
乱れた黒い羽で風を打ち、其の場に止まった。
『……行ケナイ。』
「――どうして!」
行ってはいけない。
箱庭から逃れてはいけない。
「心」を取り戻した我が境界を越えても、消える事は出来ない。
焼け焦げる事が出来ない。
越えれば…、
『――…許サレテ…シマウ…』