追憶 ―箱庭の境界―
5・汚れ繋げぬ手
5・汚れ繋げぬ手
気が付けば、
目の前に少女が立っていた。
未だ夜だった。
「……さん…、鬼さんてば!」
我は表情ひとつ変えず、虚ろな瞳で少女を見ていた。
背の高い岩に身を預けたまま、未だ情景の中に居るかの様に、少年の瞳を通して例の少女を見ているかの様に。
しかし、此れは現実。
夜に活動する事がない我にとって、辺りはあまりに暗く、我の瞳は目の前の少女の輪郭を映す事で精一杯だった。
「…酷いわよ、鬼さん。確かに手は貸さなくていいとは言ったけれど、完全に置いて行っちゃうなんて!」
『………』
「しかも、何なの!この暗さ!真っ暗過ぎて、私が鬼さんの巨体に足をつまづかせなかったら、座ってる鬼さんに気付かずに追い越しちゃうところだったわ!おかげで転ぶところだったけどね!」
暗く表情までは見えないが、少女は顔を上げた我に鋭い言葉を続けた。
まるで情景の中で、あの少女が父に対して「怒って」いた様に。
『……怒リ…』
「…は!?…そうよ、怒ってるわよ!鬼さんはそんなことも解らないの!?」
『………』
…解らない。
我に怒りをぶつける者は初めてだった。