追憶 ―箱庭の境界―
人と関わりを持たない我にとって、唯一、人からぶつけられる感情は其れではなかった。
「さぁ、追い付いたわよ!街はまだ先なの!?行きましょうよ、鬼さん!」
『…街ハ直ニ光ガ見エル…』
我は腰を下ろしたまま、方向を指差した。
「ひとりで行けっていうの!?」
『我ハ夜ニ行動スル事ヲ禁ジラレテイル…』
「また掟!?いいじゃない!街へもう少しで着くんでしょ?行きましょうよ!」
少女はそう言うと、我の前に何かを差し出した。
其れは、
小さな手のひら。
『……手…』
我は見つめる。
我とは違う、
長い鋭利な爪も無い、
赤褐色でも無い、
小さな柔らかな手。
「手を貸す事は禁じられてるんでしょ?私が、鬼さんに貸してるのよ?文句無いでしょ?」
『…………』
文句は無い。
しかし、少女は知らない。
「鬼の手」
其の意味を。
――…ぴくり。
そう我の長い耳が、夜の闇に紛れた気配を感じた。
人が、来る。
「…誰か…いるのかい?」
「…え?」
少女が声の方に振り返る。
「おや、幼子。迷子かい?」
其れは暗闇に紛れた老婆の声。