追憶 ―箱庭の境界―
バッ…!と、
我の前から、
小さな少女の手が一瞬にして消えた。
老婆が此れまでに無い俊敏な動きを見せ、差し出された少女の手を自分の元へと引き寄せたのだ。
「なっ!何を考えてる!?…お、鬼の手に触るんじゃない!!」
其れは恐怖の中で、
必死に少女を守ろうとする懸命な老婆の叫び。
「…そんなに怖がらなくても、この鬼さん、何もしないわよ?まさか、お婆さんまで『掟』とか言い出すの?」
少女は笑いながら、呆れた様に老婆に言葉を向ける。
其の笑い声は、老婆の興奮した大声ですぐにかき消された。
「――知らないのかい!鬼の手に触れたら!鬼に捕まった者がどうなるか!行くよ!逃げるんだよ!!」
「――えっ…。えっ!?」
其の剣幕に押された様に一歩下がる少女の手を、ぐいぐいと老婆が引く。
「――見たかい!?あの爪の長い恐ろしい手!鬼は夜になれば一歩も動かない!夜の内に街へ!鬼の手が届かない場所へ急ぐんだよ!!」
「…鬼さん…?」
『…………』
少女は知らない。
我の存在する意味を。
「鬼の手」を意味を。