追憶 ―箱庭の境界―
我は翼で飛んでいく。
バサッバサッと大きな羽音をたて、捕まえるべき其の者を追った。
曇りない青空。
眼下には大きな広い河。
我が進む事が許されるのは、
此の河の向こう岸まで。
河の向こう岸には黄緑色の草原が拡がり、其処には一本の道。
其の道の先は小高い丘に変わる。
黄緑色の草原の丘、
真っ青な曇り無き空の境界。
其の向こうを、
我ら鬼は知らない。
目的の人影が在った。
『青年』は、我が来る事を解っていたかの様に、河辺の先頭に立っていた。
風が言う。
『彼』だと。
河辺いっぱいまで近付いた我は、青年の前で翼を羽ばたかせたまま宙に留まった。
其の場に青年と共にいる女たちが、我の風貌に恐怖を抱く。
肌の色は、赤褐色。
角、牙…
生気の無い我の瞳は、
青年だけを見つめていた。
「もぅ。…どぉしたのさ~?鬼族の族長さんが自らやって来るなんてさ?」
青年は、明るい声を出して我にそう聞いた。
『……迎エニ…来タ…』
其の低い唸り声と存在の威圧感に、女たちは何も言葉を発せずに怯えていた。
しかし、青年だけは余裕の表情で我を見つめ返していた。
物怖じしないあの少女の様に。