追憶 ―箱庭の境界―
9・『 黒い誘惑者 』
9・『 黒い誘惑者 』
「…貴方、弱虫なのね…?」
女はそう言った。
少年はピクリと顔をひきつらせたが、それでも何とか平常心を保った。
魔術の栄える国サザエルに居場所を無くした少年は、港から出る船へ其の身を忍ばせていた。
船に乗る金もなく、
其処は乗客や商人の荷物が詰め込まれた狭い貨物室。
ひっそりと人の目を盗んで忍び込んだ此の場所には、自分と同じ「先客」が居たのだった。
「…別に、弱虫なわけじゃないですよ…。ただ、僕は…」
「でも、全てを置いて逃げ出したんでしょう?」
其の船は隣国シオンに向かう。
其の船旅の暇潰しに、女に話し相手をせがまれて、此の船に乗った経緯を簡単に話していた。
「…別に、置いてなんて…そんな大層な…。元々、僕は何も持っていませんから。」
「ふぅん?」
女は少年の心を見透かす様に、顔を近付けて少年の瞳を下から覗き込んだ。
真っ黒いシンプルなワンピースに、黒い長い髪。
大きな琥珀色の妖艶な瞳。
近い距離。
これ程に美しい大人の女性と関わるのは、少年にとって初めての出来事。