追憶 ―箱庭の境界―
青年にとって、
黒猫は、信頼のおける唯一無二の存在だった。
猫であろうが「人の姿」であろうが、青年には関係がない。
唯一の家族。
母であり、姉であり。
友人であり、共謀者であり…。
一見は猫が自分の我儘に青年を振り回しているかの様に見えるが、其れは天の邪鬼な黒猫の愛情の裏返しであった。
『ねぇ、今晩はどの御婦人とお食事なの?あたしも行って平気かしら?』
「えぇ、アン。その可愛らしい姿で、僕の膝の上で大人しくしていて貰えるなら。」
『……仕方ないわね?』
「邪魔しちゃ駄目ですよ?」
『まあ、失礼ね。貴方の邪魔はしないわよ。貴方の不利になる事をあたしがした例が今までにあって…?』
「ふふ…、無いですよ。」
『そうでしょう?でも悪い婦人の魔の手から、貴方の貞操を守る為なら別よ?その時は暴れてやるから。』
「はい、それは是非とも。」
真実の彼と、偽りの彼。
どちらも青年の一部であり、決して無理などしていなかった。
其の「狭間」の彼。
其れが、青年の中で一番過ごしやすい自然な姿になっていた。