追憶 ―箱庭の境界―
花の匂いは、もう無かった。
『…………』
例の風は其処には居なかった。
魂の揺れる樹に身を委ねていた我は、一体どれ程の時間を情景に囚われていたのか。
周囲の様子は変わらず、ただ普段からの風が草原を駆け抜けていた。
我は、鬼。
定めに従う者。
では、
鬼である前に…、
我は、誰。
『…………』
風が、我の頭上にある樹の葉を揺らした。
今にも落ちてしまいそうな…
熟れ過ぎた赤い実が、揺れる。
「……鬼さん。」
そう声を掛けられて、
気だるい首をひねると、虚ろな瞳に写るのは昨夜別れたはずの少女の姿。
『……此処デ何ヲシテイル…』
我は、起き上がれなかった。
起き上がるはずの力が、体に入らなかった。
夜に見るはずの情景を、昼に見せられたからだろうか…。
我は、そう思った。
『………?』
「思って」しまった。
我の中に、
中身は無いはずなのに。
情景から覚めたばかり。
我の中に、情景の中のあの青年が居座り、未だ離れていかないのだろう。
そう理由を付けていた。
我の中に、
中身は無いはずなのに。