ブラッティ・エンジェル
 「ほら、着いたよ。シャワー浴びなよ。着替えは俺のを後で持ってくるから」
望はサヨを脱衣所におろして、忙しそうに出て行った。
 望の家は2階建てのオシャレな家だった。お母さんの趣味だと帰り道に聞いた。望の家族は今は父親だけらしい。昔は病弱なお母さんが中心の温かな家庭だったらしい。
 今は会社のちょっとお偉いさんのお父さんが忙しくて、なかなか家に帰ってこないのだとか。1人で、寂しい家に早変わり。
 なぜか胸がきしむように痛かった。
 ざーっと降り注がれるシャワーを浴びて、体を温める。私たち天使にはあまり意味をなさない行動。
 それなのに、彼に言われるとそうしなくてはいけないという衝動に駆られるのはなんでだろう。
 きっと、サヨを心配する望の心に影響したに違いない。
 一方、望は脱衣所に入るタイミングをドアの前で考えていた。
 もしも、以前モールで起こったような間の悪いことが起こったら?
 望はそう思うとドアノブに手を掛けることさえ、ためらった。
 でも、着替えがないとサヨが困る。あがってからでは遅い。
 こうなったら、意を決して入るしかない。
 グッとドアを押し開けた。
 幸いのことに、サヨは未だにシャワーを浴びていた。望の入って来た音にビックリしたのが磨りガラス越しに見えた。
 磨りガラス越しに、見てしまった。
 望は一気に体温が上昇し、脈が速くなった。
「あ、その、着替え。うん、着替え持ってきたから。大きいかもしんないけど。えっと、置いておくから」
早口でそうとだけ言うと磨りガラスの方に二度と目を向けないように、早足で出て行った。
「うん。ありがと」
と、こっちの様子を知らないサヨのいつもの声が遠くに聞こえた。
 バンッとドアを閉めた望は、その場にズルズルと倒れ込んだ。
「ダメだ~。やっぱ、俺も了介さんみたいに男なんだ~」
望は、しばらくその場に倒れ込んでいた。

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