ブラッティ・エンジェル
 今日は、珍しくサヨはHEARTに顔を出していた。
 いつか寄ろうと思っていたが、寄らないまま日にちが経っていた。
 と、カウンターにはいつものようにマスターがいた。
 しかし、今日は新聞ではなくいくつかの折り目のついた紙を読んでいた。それが手紙だと、気づくには時間はいらなかった。
 文章を追っている目には、何とも言えない感情が見え隠れしていた。
 愛おしそうな甘い目だったり、悲しそうな苦い目だったり。サヨには難しい、けれどどこか知っているような…。
 胸が、思わず苦しくなった。息がうまく出来ない。よくわからないうちに、涙が滲んでいた。
 ふと、マスターがサヨの方を見る。息をのんで目を見開く。いったいマスターは何をそんなに驚いているのだろうか。
「お、はよう、ございます」
思わず、ぎこちない挨拶をしてしまう。しかも、今は昼時だ。
 どうしたらいいのかわからず、サヨはそのまま立ち尽くす。
 静寂が店を包んだ。聞こえるのは外の音と店内に流れているひっそりした音楽。
 からん、からん。
 綺麗なドアベルが来店を告げる。
「いらっしゃいませ」
マスターが営業スマイル貼り付ける。それが、仕事をする出来た大人なのだろうが、どこか悲しかった。
「マスター。私が店番するよ」
「いや、でも悪いっしょ」
「もう、今更何言ってるのさ。昔だってこき使ってくれたじゃん」
サヨはイタズラっぽく笑ってみせる。すると、マスターは困った様な助かったような顔をした。
「ありがとね。じゃあ、ちょっと俺は休憩するわ」
急ぎ足で店の奥に入っていった。
 サヨは、そそくさとお客の方に歩いていった。あの人は常連の人だ。
 また、ドアベルが鳴る。
 今日は客が多い日なのか?
「…ですね、かしこまりました。いらっしゃいませ~」
オーダーを取ったサヨは、大急ぎでカウンターに戻り営業スマイルを出入り口に向けた。
 と、次の瞬間その笑顔は引きつった。
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