ブラッティ・エンジェル
 と、さっきのお客が財布をサヨにかかげて見せた。お会計という意味だ。
 サヨはレジを開ける。おつりもなければ、親しい会話もない会計が終わる。
 とてとてと空いたコーヒーカップを取りに行く。
 重たい空気はこの店に充満しているのだろうか?それとも、サヨにまとわりついているだけ?
 空のカップを持って戻ってきたサヨに、セイメイが静かに話し出す。
「幸せかい?雨宮とうまくいってる?」
思わずサヨの心臓が大きく鳴った。
 セイメイは未だにコーヒーに口をつけていない。なにかがその中にでも映っているように、ただただ見つめていた。
 どこか寂しそうな表情。
 一度は愛そうとした人のそんな顔は、サヨの胸に刺さった。
「…うん。幸せだよ。また、あの日だまりに戻ってきたみたい。信じられない」
一言目は、喉に絡みつきなかなか出てこようとしなかったが、出てきてしまえばその後はサラサラと言葉が流れ出てきた。
 クスッと小さくセイメイは笑って、ブラックのコーヒーを口にした。
 それがどういう意味なのかはサヨには全くわからなかった。
「キミには、日だまりが似合ってる。一生そこにいてもらわないとネ」
「変なセイメイ」
サヨにはわかっていなかった。セイメイの言葉にどんな意味が含まれていたのか。
 今のサヨにはわかるわけがなかった。
 純潔を失うことがどうゆうことか、知らない彼女には。
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