ブラッティ・エンジェル
 なんて思いながらも、俺たちは会計を終えて、店を出ていた。しかも、もう俺のバイト先につきそうだった。後五分も経たないうちについてしまう。
 ヒナガがずっと話しをしてくるが、ほとんどトンネルのように耳を通り過ぎていった。
 なにか考え事をしてわけではない。ただ、時間ばかりがいつの間にか過ぎていってた。
 ふと、ヒナガが隣にいないことに気がついた。はっとして、あたりを見渡す。もしかして、もう消えてしまったのか?
 ヒナガは俺の少し後ろで立ち止まっていた。なにを見るのでなく、ただ立ち止まっていた。
 その隣を一組のカップルが通り過ぎた。手をつないで幸せそうな二人組。
「気づくの、遅いです」
俺と目があったヒナガは、ニッコリと笑った。それは誰よりも可愛らしく悲しそうな笑みだった。
 小走りで俺の方に来ると、ゆっくり俺の体に腕を回しハグしてきた。
 ここは普通の路地。通行人が好奇な目で見てくるのがどうしようもなく恥ずかしかった。それでも、離れたくなくて、離してしまいたくなくて、抱きしめ返した。逃げられないようにと、無意識のうちに腕の力を強くしていた。
 運が良いのか、ここは人通りが少ない。つまり、好奇の目は少なくて済む。
 しばらく、俺はヒナガを離さなかった。ヒナガも俺から離れようとしなかった。
 さすが成長期。初めてヒナガに会ったときより身長は高くなっていた。
 俺の鼓動を確かめるように、ヒナガは胸に耳を当てていた。
 ヒナガはこんなに小さかったのか。細かったのか。壊れそうだったのか。
 まるで花でも抱いているようで、力を入れることなんか出来なかった。それでも、感情が溢れる。強く抱きしめて、ヒナガのぬくもりをずっと感じていたい。
 この矛盾が、理性を壊さなければいい。いや、壊してしまったら楽なのか?
 なんで、こんなに悲しいんだ。
 別に別れを告げられたわけでもない。
 むしろ、喜ぶべきなんだろう。好きな人とハグをしてるのだから。
 でも、どうしようもなく悲しい。苦しい。
 この気持ちは俺のもの?それとも、ヒナガの?
 こんなにも近くに彼女がいる。体も心も。
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