ブラッティ・エンジェル
「離れるなんて…無理です」
ぽつりとヒナガは呟いた。その声は震えていた。ギュッと俺の服を握りしめ、顔を俺の胸に埋めた。
 俺はなにも言わずに腕に力を入れた。
「今日で、お別れなんてしたくありません」
否定しているのに、言葉の奥には肯定が隠れていた。
 離れなくては。お別れしなくては。
 胸が締め付けられる。苦しい、痛い。
「愛しています。アナタが恋しい。星司」
胸に今まで以上に苦しく悲しいものが広がっていった。
 今日は逆さまだ。あべこべの一日。
 幸せのことがこんなに辛いなんて。
 どうしてこんなに辛い。どうしてお別れなんだ。
 どうして、こんなにもこいつが、ヒナガが愛しくて恋しい。
「星司。星司」
俺の名を何度も何度も繰り返すヒナガ。
 忘れないように。これからの分まで、呼べない日の分まで。俺の名を呼んでいた。
「ヒナガ」
初めて呼ぶ名前。愛しさが胸に溢れ、もうヒナガを離すなんて出来るわけがなかった。
 離したら、消えてしまうのだろう?
 口でどう言おうが、俺の前からいなくなってしまう。
 そんなの嫌だった。一生このままでも良いから、彼女をつなぎ止めたかった。
「どこにも行くな。俺が一生お前を離さないから」
離さないんじゃない。離したくない。
 頷いてくれるヒナガを俺は待った。しかし、ヒナガは頭を横に振った。
「出来ません。私は…天使、ですから」
ヒナガの言ったことは俺には理解の出来ないことだった。
 それから、彼女は天使のことを俺に説明した。
 人間より長命で、心が無くて、禁忌があって、人間とは結ばれることは無いと。
 俺には物語の中の話のようにしか聞こえなかった。しかし、全てを信じた。ヒナガが嘘をつくわけがない。
 しかし、結ばれるわけがない?
 それだけは納得いかなかった。
 それなら、俺の気持ちは?ヒナガの気持ちは?心がない?そんなこと、あるわけ無い。
 こんなにも心を感じあっているのに。
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