ブラッティ・エンジェル
 いまだ固まったままのサヨの前で、ユキゲは変顔をしてみる。しかし、反応はない。若干、ユキゲはむなしくなっていた。
 なにを見ているのか、サヨは一点だけ見つめていた。なにを考えているのかわからない表情。感情があらわれない瞳。そこにいるのはまるで人形。
「サヨ!?」
望は怖くなってグッとサヨの肩を強く掴んだ。すると、息を吹き返したように、サヨの顔には感情が現れた。しかし、それは困惑、恐怖、不安。そういった負の感情だった。
「いかなきゃ」
まるで暗示でもかけられているように、サヨは弱々しくそう呟く。目が小刻みに揺れ、正気には見えなかった。
 サヨの足が、さっきセイメイが去っていった方へと向かう。
 しかし、それ以上望は進ませようとしなかった。グッとサヨの腕を掴み、自分の方に引き寄せる。後ろから、ギュッとサヨを抱きしめた。こうしていれば、サヨはどこにも行かないと安心できるような気がしたから。
「私、行かなきゃ」
それでもサヨはそう呟く。
「おいサヨ。お前、どうしたんだ?」
心配そうにユキゲがサヨの顔をのぞき込む。その顔は、見るものに不安を覚えさせるものだった。どんな感情が見えるかと問われると困るが、どのような顔かと問われると、そういう顔をしていた。
「いかなきゃ」
それしか呟かないサヨの声は酷く震えていた。
「どこに行くの?セイメイになにか言われたの?」
「私、行かなきゃ!」
サヨの耳にはなんの言葉も届いていないのか、サヨは声を荒げると望を強く突き飛ばし走っていった。セイメイが去っていった方向に。しばらくすると、その体はフワリと宙に浮き上がり、青い空に遠ざかっていった。
 望はあまりにも衝撃的すぎて、それをただ見つめることしか出来なかった。
「追わねぇのか!?」
慌てたようにユキゲは望の手を引っ張った。ようやく我に返った望は、とにかくサヨが去っていった方角に走り出した。
 サヨがどこに向かったのかも、なにを考えていたのかもわからない。
 その事実が望を不安にさせ焦りも感じさせた。

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