ブラッティ・エンジェル
 彼は古ぼけて散らかっている、アトリエへ私を連れて行った。
「ちょっと、そこに座って待ってて。」
希は器用に床に散らかっているものを踏まずに、奥へと歩いていった。
 私は不思議と、逃げようという気がしなかった。
 座ってと言われても、イスの上もソファーの上も、ものであふれかえっていて座れない。だからといって、どけるのもちょっと図々しい気がした。
「サヨ、逃げねぇのかよ。」
ユキゲは、低い声で私に耳打ちした。
 私は、少し首を傾げた。
「う~ん。いいんじゃない?逃げなくても。」
「はぁ!?」
ホントは、逃げる気なんてさらさらなかった。
 アトリエにモデル。ここから連想されるのは、絵のモデル。
 つまり、私は絵のモデルにスカウトされた。外見がいいってことでしょ。
 まんざらじゃなかったから、私の頬は緩んでいた。
 隣でユキゲのため息が聞こえたが、気にする気はない。
 しばらくして、彼がスケッチブックを持って私の前に現れた。
「散らかっててごめん。」
そう言って、三脚イスにおいてあった物をはらうように床に落とし、私に座るように促した。
 私は、緩んでいた頬を引き締めて、イスに座った。
 彼は、目の前にあるソファーに座ってスケッチブックを開いた。
「そんなに、堅くならないで。そのままの君を書きたいんだ。」
 なんてきざな台詞。
私は、心の中で笑ってしまった。
「いい表情。」
彼がそう呟いた。私は、何を言われたのかわからなくて、首を傾けた。
 彼はかまわず、何枚もさらさらと書いていった。
 どんどんスケッチブックから切り取られた紙が、床に散らかっていく。

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