ブラッティ・エンジェル
「あ、もうこんな時間だ」
彼は腕時計を見ると、しまったという顔をした。
 どうしたのかと首をかしげると、彼は困ったように笑って頭をかいた。
「ごめん。これからバイトなんだ」
「絵を描いてるのにバイトしてるの?」
私は驚いて少し目を見開いた。
 彼の絵はとっても魅力的で私は大好きだ。十分絵だけで食べていけると思っていた。
「絵だけでは食べていけないよ。それに、趣味程度の作品だし、売れないよ」
「十分うまいのに…」
「うまいだけじゃ駄目なんだよ」
フッと彼の顔に悲しい色が浮かんだのが見えた。
 気のせいなんかじゃない。一瞬だったけど、確かに見た。
 私はそれを見た瞬間なんと言えない気持ちが胸に広がって、何も言えなくなった。
「さぁ、行こう」
元の笑顔に戻って立ち上がった。
 それがなんだか悲しかった。
 その時からなのかな。私の頭に原谷希(はらやのぞむ)という人間が住み着いたのは。
 私はその日からよく希のアトリエに足を運ぶようになった。
 文字通り、毎日のように。暇なときは一日に幾度も足を運ぶことがあった。
 どんどん完成していく私の絵を見るのは本当に楽しかった。明日にはどうなっているかって、次の日が待ち遠しくなった。
 ユキゲはどうも希のことを好きになれないみたいで、私が希のところに行くときは一人でどこかへ遊びに行く。
 どこに行ってるのかな?
 私の絵にはとっても力を入れて描いているみたい。大きいキャンバスに描いていて少し恥ずかしいけど…。
 出来ていく絵を見るのが最初は目的だった。でも今は、絵を見ていたはずなのに絵を描いている希を見つめていた。
 いつもはにこにこ穏やかに笑っていてカワイイのに、絵を描いているときはキリッとしていてすごく、カッコイイ。
 もしもこの絵が完成してしまったら、私たちはどうなるんだろう。
 絵が完成していくたびにそういう思いが積もっていった。
 このままずっと二人でいれることって出来るのかな。
 出来るわけがないよね。私は天使なんだもん。心のない天使。
 結ばれていいわけがない。
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