ブラッティ・エンジェル

そして

「サヨ、聞いてくれる?」
「ん?なに?」
私は食べかけのカレーパンを片手に、後ろを歩いている希を振り返った。
 希のアトリエまでは後数分の道路。
 近くには建物が少なく、街灯も少ない。人通りもほとんどない。ここに住んでからこの通りで人と出くわした回数なんて数えるくらいだろう。
「付き合ってくれない?」
「へ?何?食事に?それとも、買い物とか?あ!もしかして、また絵のモデルとか!」
「や、そうじゃなくて」
希が困ったような顔をした。
 やっぱり、いや、違うよね。や、でも、これ以外に何が…でも…。
 私の頭の中は混乱していた。かなりパニックしていて頭が爆発しそう。
「その…」
希が口ごもる。
 熱いのか、緊張しているのか、カレーパンを持つ手が汗ばむ。
 どちらかと言われると、後者のほうが正しいと思う。
 希の口から、どんな言葉が発せられるのか。
 希の目が泳いでいる。言いたそうに何度も口を開いては、言いずらそうに口を閉じる。
 秋の少し前のはっきりしない風が、髪を揺らし頬を撫でる。
 カレーパンの最後の一口を喉に押し込んだけど、味が全くしなかった。喉に何かが落ちる感覚だけが、食べたこと教えてくれる。
 どこからか、フッと血の臭いが鼻をくすぐったような気がした。
 でも、カレーの臭いにかき消された。
 ほんの一瞬の事だったから、気のせいかもしれない。もしかしたら、緊張しすぎて鼻血が出てきたのかもしれない。
 私は自然を装って、鼻をこする。大丈夫。鼻血は出てない。
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