ブラッティ・エンジェル
 HEARTについたサヨは、ドキドキ言う心臓の前で手を組んで、深呼吸した。
 からんっからんっ
 扉を開けると軽い音が鳴り、フワッとどこかで嗅いだ懐かしい香りが押し寄せてきた。
 はじめで入るこの喫茶店は、以前どこかで見たような気分にさせた。
 木の色がそのままの店内は、温かい感じがした。
「いらっしゃい」
少しかすれた声が、カウンターのほうから入ってきたサヨにかけられた。
 カウンターには新聞を読んでいる人間がいた。
 サヨの角度からは、新聞で隠れて顔が見えない。
 それなのに、懐かしい感じがしてくる。
「なんにします?」
彼は呼び終わった新聞を畳みながら、言う。
 現れた彼の顔にサヨは目を丸くした。
 昔よりは様になった無精ひげ。おしゃれのつもりかわからないが、頭に巻いたバンダナ。どう見ても、海賊の子分にしか見えない。
 彼もサヨを見た瞬間、手に持っていた新聞を落とし、固まった。
「お前、サヨじゃんか」
「マスター、だよね」
お互い指を差し合い、見つめ合った。見つめ合ったと言っても、そんなロマンチックなものじゃない。
「お前、十年もどこいてたんだ。希も急にいなくなっちまって」
サヨは、希の名前が出て少し喉が固まった。
 何も、言えなくなってしまった。
 少しうつむき、サヨは自分のつま先を見る。
「心配したんだぞ」
「ごめんなさい」
しわが少し増えた顔を少し歪め、マスターは微笑んだ。
 マスターは落ちた新聞を拾い、コーヒーを入れ始めた。
「カウンター、座れよ」
少し頷いて、サヨはちょこんっと座った。
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