ブラッティ・エンジェル
 「わりぃな、サヨ。アイツがあんなこと言うなんて思ってなくてな。まぁ、気にすんなよ」
カウンターからのマスターの励ましは、サヨの耳には届いてはいなかった。
 サヨは叩かれた頬を押さえることなく、ゆずが出て行った戸をジッと見つめていた。
 心ここにあらず。今のサヨはそれだった。
「そりゃぁ、気になるわな」
マスターは、どうしたものかと頭を掻いた。望はというと、初めてあんなゆずを見たため固まっていた。
 役に立たない男ばっかりだ。
「マスター。ゆずちゃんの彼氏って、どんな人だった?」
「はぁ?」
あまりにも突拍子のない質問に、マスターはポカンとした。
 サヨはもちろん、ふざけているわけじゃない。もちろん、大まじめだ。
「希に似てた?」
「似てるっちゃぁ、似てたかもな」
「だと思った」
それだけ呟くと、サヨは疲れたのかそれとも気が抜けたのかその場に力なく、ぺたんと座り込んだ。
 その行動で、やっと望は我に返った。
 前髪をくしゃっと握ると、サヨは渇いた笑い声を上げ始めた。頬には涙が伝った。
 次第に、笑い声が泣き声変わっていった。
 
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