ブラッティ・エンジェル
 「申し訳ありません、お客様!」
らしくなくボーッとしていた望は、運んだコーヒーカップを落としてしまった。
 カップは床に落ちて、割れた。茶色の床に真っ黒い液体が広がった。
 お客には、足に雫が飛び散るぐらいで、被害は小さかった。
「こちらのお席に移っていただけないでしょうか?」
サヨがいなくなってから、店のお客は少し減った。
 決して、100パーセントサヨがいなくなったせいではない。
 確かに、サヨ目的で来てた客は来なくなったが…。
 ただ、なぜか客足が減った。望のミスが増えたせいだろうか?
「今週、これでミス5回目。どうした?考え事でもあんの?」
モップを取りにカウンターの近くに来た望に、マスターが声をかける。
 相変わらず、望はボーッとしていた。最近、多い。心ここにあらずって言うんだろうか。
 明るく振る舞っても、空元気だって事がみえみえ。
 サヨの事だろうとマスターは見当つけていた。
「サヨの事なんでしょ。お前、わかりやすいわ」
「…」
最近望は、サヨの事が出ると黙り込んでしまう。
 サヨの事じゃなくても、サヨに似ていることでも、眉を寄せて唇を噛む。まるで、泣くのを我慢してる子供のように。
 何も答えず、モップを取り出して離れていった。
 最近、ゆずもこなくなった。仕事が忙しくなったとかいってたけど、マスターにはそれが嘘だって事を見抜いていた。
 サヨとゆず、そして望の間に何があったんだろう?
 別に詮索したいわけじゃないが、昔からの仲だから知る権利はあるはずだ。
 それに、このままじゃ非常に困るし、参ってしまう。
 どうしたものか…。
 マスターの頭痛は止まらない。
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