LLE <短>
気付いたら、呆然と立ち尽くすあたしの目の前には、
ついさっきまで追いかけていたボールを見る時の瞳と同じ色をして、あたしを見据える先輩がいた。
先輩の髪はまだ濡れていて、額にもうっすらと、汗と雨が滲んでいる。
「ハルナ。一緒に帰ろう」
今度は、落ち着いた穏やかな声で、あたしの名前を呪文のように唱える。
言葉を失っているあたしが、返事を返す前に「ちょっと待ってて」と言い残して、
グラウンドに戻っていくと、ユニホームのままだった先輩は、すぐに制服に替えて戻ってきた。
その間も、ただ言われるがままに待ち続けていたあたしは、やっぱりマヌケな女なんだろうか。
だけどあたしは、その声に逆らうことはできない。
先輩が、自転車をひいて歩き出すと、あたしもその後ろ姿に続く。
先輩に追いつかなきゃと急いだけれど、先輩は、少しだけ歩みを遅くして、
あたしが隣に並ぶのを待っていてくれたように思えた。
今日は、ちっとも速くない。
大きな歩幅を、あたしに合わせて歩いてくれているのだと、すぐに気付いてしまう。
あの日以来、久しぶりに並ぶ、二人の影。
少しだけ変わったことといえば、あの日より深くなった、緑の景色――
「先輩、おめでと!これでまた、サッカー続けられるね」
「あぁ……サンキュ」
先輩の記憶の中に住む、いつものあたしらしいあたしでいれるように、精一杯明るく振舞ったけれど、
それに反して先輩からは、戸惑ったような、曖昧な返事が返ってきた。