LLE <短>



セミの鳴き声に、耳を塞がれる、夏の始め。



汗ばむ太陽の下。


重いブレザーを脱ぎ捨てて、真っ白なシャツと、真っ赤なリボンだけで身軽になった、少しだけ焼けた体。



深緑に取り囲まれた校舎で、ちょっとだけ化粧も覚えたあたしは、

時折り、偶然見かける先輩の姿に、小さな胸を高鳴らせていた。



あたしの瞳に映る風景を支配するその姿は、いつだって、

途切れることなく、誰かが傍で笑顔を向けている、人気者の先輩。



先輩は、友達からは“コウ”と呼ばれていて、

先輩に目を輝かせる後輩からは“ミズシマ先輩”って呼ばれていた。



物陰で2回、大きく深呼吸して、些細な勇気を充電してから、

やっと隣を通り過ぎるだけが、精一杯のあたし。



当たり前に、先輩が振り向くような場所で、先輩の名前を呼ぶことなんてできない。


心の中だけで叫ぶ、あたしの声は、先輩には届かない。


もちろん、先輩は、あたしのことなんて知るわけもない。


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