-roop-
「千夏、次あれやろう!カーレース!!」
そう言って目を輝かせる。
私は…記憶喪失で良かったのかもしれない。
何度も繰り返し呼ばれる『千夏』という名が、まるで本当の自分の名前であるかのように響いていた…。
「ま、誠さん…私あんまりこういうの分かんない…」
「大丈夫だって。ほら、隣、座って?」
早くも腰を下ろしてハンドルを握る誠さんの左側の座席に、私は戸惑いながらも座った。
「おっ!始まる!千夏!ほらそれ踏んで!」
「えっ、えっこれ!?」
加減が分からず踏み込んだアクセルで、画面の中の私の車は猛突進した。
ぶつかりそうになるガードレールをよけて、身体をよじらせてハンドルを切る。
「千夏、やるなぁ~!」
私をチラッと見ながら、誠さんが言った。
「そっそうっ!?」
私は興奮しながら、次から次へとハンドルを切る。
不思議と身体が勝手に動くみたいだった。
いつの間にか、私の運転する車が一番先頭を走っている。
「そうはさせるかっ」
突然後ろから誠さんの車が追い上げて来る。
「ちょっ…ちょっとー!」
私は頬を膨らませながらアクセルを踏み込む。
さっきまで余裕で私の様子を伺っていたはずの誠さんは、必死に画面にかじりついていた。
『You Win!』
「やったーー!!」
ゲーム機の音声がそう言った瞬間、誠さんが両手を上げて喜ぶ。
私は溜息混じりで背もたれに身体を落とした。
「も~最初は一位だったのに~」
「試合ってのはなぁ、最後の結果が大事なのっ」
ぶすくれる私に、わざとらしくそう言う誠さん。
いつしか二人で笑い合っていた。
初めて…二人が一緒に心から笑えた瞬間だった。
一瞬暗くなった画面に映った女性の顔を、私は見て見ぬを振りした。