-roop-

柏木誠さんは、看護師に連れられて部屋を出ていった。

震える肩を看護師に抱かれ、振り返ることなく部屋を出ていくその背中が切なかった。



愛しい人が目覚める日を信じて…また笑い合える日を信じて…

二人の将来を誓い合える日を夢見て…ただそれだけによって支えられていた彼の心…。




…一瞬にして奪い去られた想い出……



彼が一度も振り返らなかったのは、いま起こった現実を受け入れたくなかったからだろう。


愛する人の目覚めという希っていたものが、記憶の…想い出の消失によって沈められてしまった。



私のせいじゃない。

彼が泣いているのは私のせいじゃない。

私は頼まれただけ。

私はただ自分の運命を変えるためだけに、此処にいるだけ。




罪悪感にドクドクと打ちひしがれる胸に、必死で言い聞かせる。

残された部屋で、先生は悲しそうな微笑みを浮かべながら、私の肩を軽く叩いた。



「……大丈夫ですよ…」



深く響く優しい声…



「何も心配しないでいい…貴方は何も悪くありませんからね…?」


「………っ」


彼を悲しませた罪悪感を解く優しい言葉に、胸が熱くなった。

そして…『岡崎さん』ではなく『貴方』と呼ばれたことで、まるで本当の私自身に言ってもらっているような気がした。



そう…よ…私は…私は悪くない…

私はただ交換条件で……っ



「…貴方はね…」


先生がふと言葉を零した。


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